研究対象の疾患

神経線維腫症Ⅰ型(NF1)

■主任研究者
大阪大学大学院 医学系研究科 皮膚科学教室/金田眞理

想定される薬効機序

神経線維腫症1型 (NF1)はNF1遺伝子の異常の結果Rasが恒常的に活性化する為にRAS-MAPK, PI3K-AKT-mTOR の系が活性化され、全身の神経線維腫と同時に褐色斑や骨や血管などに様々な異常を呈する疾患である。NF1の腫瘍発生には、シュワン細胞のNF1遺伝子のLOHと同時に微小環境の異常が重要である。mTORC1はRAS-MAPK系と同様に腫瘍の増殖に関係するのみならず、オートファジーやアポトーシス、免疫制御など様々な作用を有しており、NF1の腫瘍の微小環境の調節にも関与していると考えられる。従って、mTORC1阻害剤のシロリムスはNF1の腫瘍増殖と微小環境の両方を抑制することによりNF1の神経繊維種を抑制すると考えられる。
シロリムスは血中から皮膚へ移行しにくい薬剤である為、皮膚組織によく吸収され、血中に移行しにくいシロリムスの局所外用剤は、NF1の皮膚腫瘍には内服薬以上に安全で有効と考えられる。

疾患における効果

2015年~2017年にかけてNF1の皮膚腫瘍に対してプラセボと0.2%,
0.4%シロリムス外用剤の局所塗布による二重盲検試験が行われ、CTによる腫瘍体積縮小効果では、濃度依存性の腫瘍増殖抑制効果が認められ、物差しによる腫瘍径測定では0.2%群と実薬群で有意差が認められた。この結果に基づいて、2018年から国内4施設による、医師主導の3相試験が進行中であるが、現時点では結果はまだ出ていない。

研究の進捗状況

NF1の小さな皮膚腫瘍に対するシロリムスゲルの効果に関しましては、第II相試験の結果は前回触れた通りで”Pilot Study for the Treatment of Cutaneous Neurofibromas in Neurofibromatosis Type 1 Patients Using Topical Sirolimus Gel”というタイトルでJ Am Acad Dermatol. 2023 Apr;88(4):877-880に報告しました。

第III相試験は安全性は問題なかったのですが、有効性に関しては有意差が出ませんでしたので、第III相試験後引き続いて行われた全員実薬の長期試験は途中で中止になりました。
患者さんからは、「せっかく縮んでいたのに」とか「やっぱり塗っている間は効いていたのですね。やめてからまた徐々に増えてきました。なんとか使えませんか」などと言われております。

私の印象としてはやはり軽快していると思いますが、縮小の程度は本当に僅かです。しかもシロリムスは急速に進行(増大、増加)しているものには効きますが(増悪させない)、状態が安定して変化のない腫瘍を縮小、消退させることは難しいと感じています。すなわち出来上がった腫瘍を縮小させるというよりは、新生してこれから大きくなっていく腫瘍を大きくしない、あるいは新生させないという使い方が適しているのではないかと思っております。急速に増大する微慢性の神経線維腫に対しては昨年(2022)末より18歳以下の患者さんにMEK阻害剤のselmetinibuが使用可能になりましたが、実際に使用しているとそこそこ副作用もあり、内服できないあるいは投与量を減少せざるをえない患者さんも多いです。それを考えると副作用の極めて少ないシロリムスの外用薬であれば予防的投与も可能とは考えます。しかしながら予防効果を臨床試験で証明するのは困難です。

今ある腫瘍を縮小、消退させるのであれば判定は容易ですが、新生させない、増悪させないという判定は難しいかなと思います。特にNF1の皮膚型の腫瘍のように良性でゆっくりしか増大せず、しかも程度に個人差が大きい腫瘍では、多数の被験者を長期にわたって調べる必要があり、世界レベルで何百人という患者さんで、5年10年にわたる臨床試験を行うことが必要で、現実的には無理かなと思いました。
今回の治験がうまくいかなかった実際的な原因の第一は(1)プライマリエンドポイントが、60%以上縮んだ人をレスポンダーと考え、レスポンダーの割合で有意差を求めるというものですのでそもそもかなり厳しい条件かなと思います。もう1つの原因は(2)3次元写真で大きさの変化を計測するというものです。境界が不明瞭で1mm以下のわずかな変化を捉えるのは3次元写真では無理だと思いました。しかも腫瘍の大部分は皮下に隠れています。第II相試験の時はCT(長径が2cm以上必要ですが)で実際の体積をソフトを使用して計測しました。既に神経線維腫のような良性腫瘍の体積計測はRECISTのような方法は適さず、MRIや CT による実体積の測定が必要との報告がありましたので、第III相試験もMRIによる体積測定を行いたかったのですが、第III相試験は多施設で被験者の数も多いので1人1人の腫瘍をCTやMRIで腫瘍体積を計測するのは無理だということで3次元写真になりましたので、これも仕方がないかと思います。

急速に増大し生命予後に直結する悪性腫瘍とは異なり、NF1の皮膚型の腫瘍のような増殖速度がゆっくりでしかも症状の個人差が大きい良性の腫瘍に対する良い評価方法の開発が望まれます。